Category Archives: あそび塾

あそび塾について、情報発信します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あっという間の2020年も、あと1ヶ月余り。 新型コロナに始まり、新型コロナに明け暮れた2020年となりそうです。 また、その渦中で、未だ、感染予防の有効な手段は見つからず、一方経済活動も徐々に回復と思いきや 第3波到来の今、ブレーキをかけざる得ない状況。 イベント業界においても、オンラインを活用しながらリアルイベントとの両用で少しずつ動き始めているとは言え、 ウイズコロナを意識したものにならざる得ず、開催日程も感染状況と睨めっこ、演出内容も、3密回避はもちろんのこと、ソーシャルディスタンスを保ちながら、効果的な演出を考える。 今までの正義が全く通じない。 新しい生活様式とともに、イベントの効果も新しいイベントの形を構築し、納得せざる得ないのだろうか・・・ 手探り状態が続き、正解が見えない。 それでも季節は秋から冬になり、新型コロナ騒動も早く1年。 見えない疫病に対して、いかに生くべきか、本当に問われる年の瀬が近づいている。

 

エンタメ業界救済の施策「Go Toイベント」が始まるが、

その他の、トラベル、イート、商店街ほど、うまくいくのだろうか・・・

そもそも「観客の入場者数」に限界があるし、日頃から「観劇」の習慣のある人がどれほどいるのか・・・

 

観劇の問題点は、働き方改革と一体化しないとなかなか促進されないのではないか。

コロナ禍ということではなく、根本的な観劇環境の問題。

 

文化・芸術との関わり方は休暇や働く時間など他の要因が大きい気がするのは私だけだろうか・・・

 

この際、休暇の平日分散化や時短勤務など、「もう同じ時間に出勤して、同じ週末しか休めない」『皆同じ働き方』を改革する良いキッカケのような気がするんだけど。

 

私は、結構自由にしているので、ノンストレスで働いているのでそう思う。

 

 

10月は神無月。

全国の神様が「出雲国」に集まって、留守にするからと言われています。

なんとも、ロマン溢れる話です。

 

神様の年1回のMTGらしい。

 

島根県出雲、毎年、仕事で訪れるその地は確かに何か「空気感」が違う気がします。

 

初めて、その地にいったのは、高校3年の大学受験。

共通一次試験が終わって、二次試験のためです。

島根大学、教育学部体育学科。実技試験を受けに行ったのを思い出します。

2次試験の割合が他の大学と比べて比較的高かったので、全国から受験生が集まって来ていました。

その瞬間、「皆同じこと考えるんやなぁ、これはあかんわ」と受ける前から、諦めてた気がします。

案の定、浪人生活が始まりましたが・・・・・

 

その際に、「もう島根には来ないだろう」ということで、出雲大社まで行きました。

あの大きく太い国内最大級のしめ縄を見るために。

 

あれから、35年近く経って、再びその地を仕事で訪れました。

 

若かりし頃の受験時代にフィードバックしました。

日頃忘れている潜在意識に潜んでいる「思い出」がすーっと現れる。

出雲大社から、西へ「神迎の道」を歩いていくと、海岸に行き着く。

そこはまさしく、神出ずる海のようだ。

目に焼き付いたその光景は、今も目を閉じるとはっきりと浮かんできます。

 

神がまさしく、舞い降りるような美しい海と空。

 

「神さん」は人々の心の中に、必ずいてる気がします。

 

コロナ禍の今こそ、それを信じていたいものです。

 

 

やっと、秋らしい気配が漂う中、新型コロナウイルスで制限されていた、

イベントにおける入場者の人数が緩和されることが決まった。

 

未知のウイルスとの闘いで、3密回避、換気、など多くの人が集まるイベントに、そのリスク回避もあって、制限がかけられていたが、最近の感染者の拡大に一定の歯止めがかかってきたこと、感染拡大の状況がわかり始めたことを踏まえた処置だろう。

 

演劇、映画、歌舞伎などは満席を容認する一方ライブハウスやナイトクラブのイベント、キャラクターショー、競馬など、つい声を出してしまいそうなイベントは制限がかけられたまま。

 

まぁ、一定の基準が緩和され、主催者サイドの判断に委ねられたということ。

しかしながら、一気に緩和して、クラスターが発生したら、と思うと、「はいそうですか」とはならないだろう。

 

どうも、「赤信号みんなで渡れば怖くない」式で、他のイベントや、競技などを鑑みながら、判断していくことになるような気がする。

感染は、防御しても、100%防ぐことはできないことを前提に考えなければならない。

対策を十分に取っていても、「もしかしたら」はある。

そんなとき、クラスターがでたら、我先と批判の嵐は目に見えている。

 

感染者の発生よりも、そのバッシングの嵐を恐れて、主催者が思い切って開催できない、

その風潮を改めない限り、ビフォーコロナには戻らない気がする。

 

人々の思考がWithコロナに、まだ追いついていないことが、一番気になることである。

 

 

先日、8月25日に『大阪・関西万博』のロゴマークが決定しました。
応募総数5894作品の中から最優秀作品が発表され、
今後、大阪・関西万博の告知ポスターや、グッズなどに活用され、2025年に向けて機運を盛り上げるために活用されていきます。
最終5作品から選ばれた、「最優秀作品」については、賛否両論が巻き起こっています。
良い作品・悪い作品としての評価は今後時間の経緯の中で判断されるのでしょう。
まぁ誰もが、好き嫌いがありますし、その価値基準も人それぞれなので、選ばれた作品に対しては、
異論もたくさんあるようです。
デザインに100点満点はありません、正解・不正解もありません、百人いれば、百人の意見・感想があります。
思えば、1970年の大阪万博の時、私は小学生1年。ワクワクな思い出しかありません。
そして、太陽の塔がそのレガシーとして50年たった今でも、その理念を伝えています。
しかしながら、当時「太陽の塔」へのバッシングはもの凄いものだったようです、後のテレビなどで知っただけですが・・・・
まぁ、岡本太郎さん自体が世間へのアンチテーゼの代表だった気もしますが・・・・
来る2025年、あと、5年しかありません。
そこに向かって、長年イベント業界でお世話になっている私としては、恩返しできることが無いかを考えます。
2025年の大阪・関西万博への想いはある意味、私自身のイベント業界での総決算と言えるかもしれません。
感謝と恩返し!
しかし、
ロゴマーク、見れば見るほど、味が出て来た・・・・・不思議な魅力があります。
「非日常」というキーワードが、イベント業界の解決の糸口になるかもしれないと思います。
その「非日常」を欲している人が誰かがわかれば、そこにアプローチする。
興味のない人に、いくらお得だよって言っても、購入してもらえないのと同様です。
行きたい、欲しい、見たい、やりたい、・・・・・欲望がそこにあれば、あとは、一押しかもしれません。
しかしながら、誰がどんな欲望を持っているかなんて、分かりません。
なので、マーケティングが必要なんでしょう、しかし今や状況的に待ったなし、です。
今ある、資産をどう活用するか、、、、、
面白い記事を2つ見つけました。
一つは、前回も書きましたが、普段はなかなかその場で演奏やパフォーマンスのできない素敵なプロの舞台で、普段触れないピアノで演奏できるという企画です。
もう一つは、この「コロナ禍」だからこその企画です。
尼崎のアルカイックホールが企画した「最高級のグランドピアノを奏でよう」
小中高生をターゲットに、ホールにある「スタンウェイ」を弾くことができ
「一流のアーティスト」気分を味わってもらえるイベントです。
子供たちもさることながら、親御さんのザワメキが聞こえてきそうです。
また、もう一つは、運行されていない、バスの倉庫巡りイベントです。
鉄ちゃんならぬ、バス大好き人間にとっては、涎ものかもしれません・・・・
この2つの事例でわかることは、ターゲットがしっかりしていることです。
ピアノ大好きな小中高生、バス大好きなマニアの人たち。
どんな業種でも、マニアは必ずいます。
その塊に「マニアが欲するイベント」をアプローチすれば、ビジネスモデルが生まれる可能性が高まると考えます。
日常の出来事を、反転して「非日常」にかえる仕掛けがあれば、人は興味を持ちます。
また、「今だけ」という期限性も必要です。いつでもできる、いつでも見れるでは人は動きません。
今を逃せば、「次」はない・・・そんなある意味恐怖感に人は弱いものです。
イベントは人を集めることが本質ですが、そこは今は難しいのであれば、配信などいろんな手法があります。
イベントは「非日常」であり、「期限性」「仮設」なもの、そこに人の心理をくすぐるヒントがあります。
マニアをくすぐる施策を見つけたいものです。
イベントとは、「ある目的を達成する為」に、期限が設けられ、仮設で、かつ非日常を演出するものという定義があります。
コンサートしかり、演劇しかり、オペラしかり、歌舞伎しかり・・・
また、プロモーションイベントもそこを意識します。
例えば、優秀営業マンの表彰式なんかは、日頃の優秀な成績をあげた営業マンに「高級ホテル」の大舞台で演出照明に照らされ、大音響で迎えられ、選ばれし人だけが味わう授賞式として、非日常感を演出します。
成人式や入学式もたった一度の「その時」を盛大に演出し、祝います。参加者も、着物やスーツに身を固めて、非日常に酔いしれます。
日常からの解放こそが、「イベントの醍醐味の一つ」と言えます。
25年ほど前に、ギリシャのアテネに仕事で行かせてもらいました。
ヘロディス・アッティコス音楽堂でのイベントです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アクロポリスの丘南側のスロープを利用して建てられたこの音楽堂は二世紀に、ヘロデス・アティコス(現代ギリシャ語読みだとイロディス・アティコス)という人物によって建てられました。
(出典:トラベルコ)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その伝統のある古代劇場で、「日本の今の文化・芸術をアテネ市民に見てもらう」をコンセプトにジャパンフェスのようなイベントです。
出演者は、アマチュアの演奏者たちや、ダンサーたちです。お世辞にもブラボーとは言えません。
が、渡航費も出演費用も自分達持ちです。出演者もさることながら、応援しに一緒に来てる人たちもいます。詳細は忘れましたが、総勢20チームくらいはいてたでしょうか・・・・
太鼓団体あり、コーラスあり、パフォーマンスあり、・・・・日頃の成果をギリシャのアテネの古代劇場で披露する、なんと贅沢なお披露目の場でしょう。アテネの人たちも、極東のパフォーマンスに、ある意味魅せられていたのかもしれません。
これこそ、「非日常」です。
出演者の人たちは、一生に一回ということで、高額の渡航費用を支払っても、そのイベントに出演したいと考えたのでしょう。日頃は、地元の公民館や市民会館でのお披露目を超有名な劇場ですることに大いなる意味があったのでしょう。
私は、ステージ進行スタッフとして、アテネ、その後ニューヨークのカーネギーホールにも行かせていただきました。
このイベントの面白さは、出演者がイコールクライアント(お金を出す側)であるということ、
宿泊、渡航旅程などは旅行エージェンシーが取りまとめをして、イベントの仕切りは我々イベント会社が行う、というまさしく三方良しのイベントです。
コロナ禍で、瀕死のイベント業界ですが、「非日常」のキーワードを紐解くと、その解決策の一つが浮かび上がってきます。
できないことを嘆くより、できることを考えたい。
次回は、そんな取り組みについて書いてみたいと思います。
  昨日、8月24日、政府は村型コロナウイルス対策の分科会において「大規模イベントの参加人数を5,000人以下とする措置について、9月末まで延長すること」を決めた、というニュース。
結果、プロ野球やJリーグ、大型コンサートは、現状の5,000人以下での開催を余儀なくされるということ。
一方、海外ドイツでは興味深い実験が行われている。
2,000人の観客(ボランティア)を会場に入れて、屋内イベントの感染実験を行なったというニュース。(記事出典:Forbes JAPAN)
感染拡大に対する対策は必要不可欠ではあるけれども、「できないのであれば、できるためにどうするかの対策」を考える方向性と、「できないのであれば、規制をするしかない」方向性。
どちらもある意味正しいとは思うけれども、
感染で影響のある命と、経済を止める・規制することで止まる命もあることを考えていかなくてはいけない時期ではないか、2月ごろから既に半年。様々な業界への影響は計り知れない。
我々イベント業界は休業要請を直接要請されているわけではない。従って保障もない。
しかしながら実情は「開店休業状態」
人が動かないことは、イベントが開催されないということ。
本来の「人をたくさん集める」ことがイベントの本質であるならば、「人を集めてはいけない」はその本質に真っ向反対のことを余儀なくされている。
大型イベントへの規制が緩和されない限り、中小規模のイベントはさらに開催しずらいことに変わりない。
エンタメ系のアーティストやミュージシャン、舞台俳優の方々だけではなく、裏方の音響・照明・映像・大道具・特殊効果・舞台監督、進行スタッフなど、舞台やイベントを支えている様々な裏方スタッフが職を奪われかねない。
長年の経験やノウハウを持った優秀なスタッフが消えていく恐れ。
何よりも、それが怖い。
インベント再開!に彼らの存在無くしてはできない。
ならば、少しずつでも、「開催できる方策」を考え出し、スタッフを守って行かねばならない。
イベント業界の構図的には、クライアントがいて、「コンテンツ」を企画・演出して、実施計画のもと、開催されていくもの。
スタッフが自ら動いても限界がある。ある意味そのイベントを実施構想するクライアントが必要だ。
リアルイベントを待っている観客はいる。
「見えざる疫病」と闘いながら、なんとかイベント業界の灯りを消さない、イベントスタッフが再び活躍する場を取り戻したい、と切に願うばかりだ・・・・・・

2025年大阪・関西万博の正式ロゴマークの最終候補5作品が発表された。8月下旬ごろには決定されるようだ。

 

ロゴマークで思い出すのは、東京オリンピックの際のゴタゴタ・・・・

どこかのロゴと似通っていると問題になって、再考して決まった例の市松模様のロゴ・・・・

しかし、全世界、「新型コロナ」騒動に巻き込まれて、東京オリンピック自体が1年延期となる。

というか、全世界それどころじゃない・・・・・

果たして来年2021年に無事オリンピックが行われるのだろうか、今の世界の状況を鑑みるに悲観的にならざる得ない。経済的な損失ばかりか、世界のアスリートの胸中いかばかりか、4年に一回の「その時」に目標を定めてきた彼らにとって、それは・・・・・言葉も出ない。

 

本当に、「新型コロナ」が世界を変えた、また今後の世界の在りようすらも不明確だ。

 

そんな時代、5年後、大阪に万博がやってくる。

 

思えば、19790年大阪万博の時、私は、小学1年、・・・・

大阪に住んでいた私に家に会った事もない「親戚」もどきの人たちが、ひっきりなしに期間中泊まりにきていた気がする。大阪万博に行くために、泊まるところが無かったのかもしれない。

 

とにかく皆「アメリカ館の月の石」目当て・・・・・

 

小学1年の私がどこまで理解していたか、今となってはどうかわからないけれども「大阪万博」時代の日本の熱気だけは今も思い出す。世の中全体が、熱く前に進んでいる感じ、まさしく高度経済成長期真っ只中。

ウキウキ・ワクワクした時代と言っても過言ではないだろう。

 

そう思うと、2025年が楽しみでならない。賛否両論色々言いたい人もいるだろうけれども、やはり、「心躍るようなイベント」が大阪で開催されることは確かなこと。

辛いこと、嬉しくないことが多い昨今の事情を考えると、ウキウキ・ワクワクしたいではないか・・・

50年経って、子供の頃に戻れるようなそんな感覚に・・・・・

 

 

イベント業界にお世話になっている身としては、大阪・関西万博で、是非恩返しをしたいものだ・・・・・

 

 

振り返ると、新型コロナウィルスによって、1月後半あたりから、大阪の街中から「キャリーバック隊」が消え始め、2月には仕事で2週間に渡って、北海道へ。雪まつりの頃なので、今思えば結構ピーク時に行っていたようです。

2月下旬から、イベントごとは、延期・中止が相次ぎ、イベント関係者は否応なく、仕事がなく、自宅待機の状態に。

3月に入ると、夏頃までのイベントは全て中止、結局東京オリンピックも1年延期に・・・・

4月には緊急事態宣言で、街中から人が消えた。

世界中がパニックになり、日本においても、世の中の動きがパタっと止まりました。

 

 

そして、間も無く7月。

これほどの期間、こんな状態が続くとは誰も予想していなかった気がします。

この間の対応がどうだったかは、簡単にはいえません。

 

まだまだ、予断は許しませんが、徐々に経済活動も動き始めているようです。

 

やっとプロ野球も無観客ながら、19日に開幕し、徐々に、観客を入れてと言う状況になってきました。

 

 

イベント業界も、元々計画していたものが、規模は違えども、開催に向かって動き始めたようです。

いつもでも、手をこまねいているわけにはいきません。

 

しかしながら、

やはり、新型コロナウィルス感染対策を講じないわけにはいきません。

 

各業界で、実施に向けたガイドラインが設定されています。全て正しいかどうかは現時点ではわかりません。

軌道修正しながら、よりベターな方策を講じる必要があります。

 

 

とはいえ、コロナ以前の状況に100%戻れるわけでもなく、

Withコロナ時代の「新しいイベントの在り方」を100%目指すべきと考えます。

 

参加者をたくさん集められないのであれば、その参加者を違う形で募る方法もあるはず。

 

2020年イベントモデルが開発されていくはず。

今までの常識が、全く非常識になる可能性もあります。

 

今は、まさしく新たな業態の構築すべきタイミングであろうと考えます。

変化を恐れず、また違ったあるべきイベント形態を構築したいものです。

 

 

Welcome to OSAKA、たくさんの海外の人たちの笑顔が戻る日を祈って・・・・

 

 

 新型コロナウイルス感染に関する状況は、日々変化があり、安心するにはまだ時間がかかりそうです。
治療薬・ワクチン開発が待たれます。
しかしながら、3月から延期・中止の続くイベント業界、このまま手を拱いているわけにはいきません。
なんとか、「できないことに悩む」のではなく、「どうすればできるか」を考えたい。
各団体が、様々な感染拡大リスクの軽減のためのガイドラインを策定し始めました。
現段階のものなので、状況によっては変更・追加・改善されていくものですが、一つの指標としてそのガイドラインは、参考になるように思います。
イベントを延期・中止するのではなく、どうすれば開催することができるかの指針となるはずです。
また、一方では、オンラインを活用したプロモーションイベントへの模索が始まっています。
リアルイベントと同じようにはできませんが、
顧客へのアプローチ、顧客管理、課金方法、出欠管理など、オンラインならではのシステムを構築することで、
リアルイベントではできなかった方法を考えています。
経済が停滞した数ヶ月だからこそ、「新しい試み」ができるとも言えます。
参考までに、大阪観光局  MICE開催ガイドラインです。
しかし、ガイドライン通りにできるんやろか・・・・・・って正直考え込んでしまいます。

緊急事態宣言が発令され、1ヶ月と2週間、 関東4都県、北海道を除く、関西3府県は、やっと解除されました。 自粛しなくて良いぞ、というわけではなく、 やはり3密を避け、マスク、手洗い、消毒などに気を配りながらの 新しい生活様式を意識しながら、「まだ見ぬ敵・新型コロナウイルス」と共存しなければなりません。 治療薬、ワクチンの開発が待たれますが、それまではいかにウイルスと共存しながら、暮らしを成り立たせるか、経済活動を復活させるか、を考えなければなりません。 この新型コロナウイルスは、全世界を席巻しながら、様々な業界を巻き込んでいます。 人が動かないことで、経済が止まり、お金が止まり、困窮する人が増えている現状です。 イベント業界はまさに直撃と言っても過言ではありません。 たくさんの人を集めて、非日常を演出することが、イベントであるならば、その全てを否定せざる得ません。 「ソーシャルディスタンス」とは、飛沫感染を防ぐために、 互いに手を伸ばして届く距離がだいたい2mでその程度はあけましょうということです。 これがイベント開催に大きなネックになっています。 ある調査では、コンサートホールで、2800席のキャパで「ソーシャルディスタンス」を守ろうとしたら、388席で14%の稼働になるようです。 全く採算に合わないですね。 ライブハウスなど、お客を入れるなと言われているに等しいと言わざる得ません。 そのように考えると、オンラインを有効的に活用しながら、リアルイベントと併用することが、これから求められます。 誕生会、結婚式、七五三、入学式・卒業式などの人生における「ハレの日」イベントは特に需要があるような気がします。 オンラインで単に映像配信するだけではなく、そこに付加価値を加えることで、今までのイベントにプラスαできる魅力のあるイベントを構築できるのではないかと考えます。 「ソーシャルディスタンス」を逆に価値に変えて新たなイベントを企画したいものです。

 

まさに正念場なのかもしれませんが、

ともかく、ワクチンが開発・普及しないと、コロナ禍から、逃れることはできません。

 

であれば、withコロナ、どの様にして、命を守りながら共存していくか・・・を考えたい。

 

「新しい生活様式」なるものが公表されています。

 

まぁ、当たり前と言えば当たり前だけれども、

食事で「対面ではなく横並びで座ろう」

・・・・松田優作の家族ゲームを思い出す。

冠婚葬祭の「多人数での会食は避けて」

・・・・披露宴は難しくなるなぁ・・・

働き方でオンラインが推奨されている、

・・・・・・目の前にいてもオンラインって感じだろうか。

・・・・・・今までも、目の前のヒトとLINEしてるヒトいてたな。

名刺交換もオンライン

・・・オシャレな名刺のデータ化が必要ですね。

 

 

まぁ、感染防止の観点から、様々な場面でのシュミレーションとしては、必要なことだとは思います。

 

 

 

なので、beforeコロナとafterコロナの生活様式はやはり変わらざる得ないです。

 

 

慣習は得てして、外的な要素で変化していくもので、

 

幕末に黒船来航してから、時代が動いたこともその一例と言えるかもしれません。

 

全ての原因を一点に決め込むことは危険ではあるけれども、キッカケになったことは確かです。

 

今回のコロナ騒動も、世界の秩序を大きく変化させたことに異論は無いですし、むしろこれからどの様な世界になるのかをしっかり見極めなければならない。

 

グローバルなボーダレスな世界観が果たして今後も続くのだろうか・・・

インバウンドで賑わっていた、我が国日本に再び海外の人たちは来るのだろうか・・・

 

少子高齢化、地方の疲弊、過疎化、その様な問題点が、逆に新しいビジネスチャンスを生むことはないのだろうか・・

 

社会構造の変化、産業構造の変化、都市と地方の役割・ミッション、今までにない価値観の構築。

 

 

 

グローバルの対極のスモールタウン構想、地産地消の加速など、

 

まだ正解は全く見えないし、わからないけれども、今までの正義が揺らいでいるのは確かと言えよう。

 

常識が非常識になることもあるだろう。物理的な変化だけではなく、精神的な変化も見逃せない。

 

 

今、命を守ることに目を向けながら、新しい未来をどの様に、創っていくのか、そこが問われているのかもしれません。

 

 

 

本来であれば、緊急事態宣言解除のはずが、5月いっぱいの延長が表明された。
医療崩壊を防ぎ、なんとかこれ以上の感染を止めるべく、日本全体で、協力しよう、は理解できる。
しかしながら、
イベント業界でいうと、2月下旬あたりから、延期・中止が言われ続けて、4月には夏頃まで、全て無くなったという、
仲間もいる。
私も、4月5月の予定していた本番が延期もしくは中止となっている。
またこの状況なので、その延期日程すら決まっていない。
5月末に、宣言が解除されて、「じゃあ、すぐにイベント開始」とはならない。
イベントで一番大事なものは、事前準備、様々なリスクヘッジをしながら、
本番にむけてマニュアルを作り、些細なことまで、きめ細やかに決めていく。
本番時には、ほぼ100%大丈夫状態でのぞむ。
なので、5月末に解除されても、その後、本番まで時間が必要だ。
日頃は、大阪城公園をジョギングするけれども、この状況下で、結構人が集まってきている。
3密では無いけれども、密集してきている。
飛沫も気になる、ので、GW期間中は街中をジョギングコースにしている。
最近は、大阪の筋を南下・北上しながら、通りを東西に走る。
御堂筋、堺筋・・・・・筋は、南北の道。
長堀通り、土佐堀通り・・・通りは、東西の道。
GWの昼のオフィス街や、歓楽街は、全く人がいない・・・・・
見かけるのは、Uber Eatsの自転車ばかり・・・・
道頓堀の賑わいしか知らないので、今は、本当にゴーストタウンの様・・・・
あの賑わいはどこへ行ったのか、、、、、
5月末に緊急事態宣言が解除されて、その賑わいが戻ってくるとは思えず、しばし茫然となる。
アフターコロナと言われながら、そのあるべき姿が見えてこない。
イベント業界のみならず、日本の・世界の社会構造が、確実に変わる。
我々、人間はどう対処し、どう、変化すべきなのか、、、
生きる力が問われている気がする。
コロナ禍がイベント業界を直撃して、既に2ケ月余り。
飲食業、観光業、だけではなく、実に様々な業種を直撃し、
緊急事態宣言による収束も、期待できない状況だ。
ゴールデンウィークは、本来であれば、人が活発に動き、経済も活発な時期なのに、人の移動が制約される。
経済が全く、止まっている状況と言っても過言ではないだろう。
とは言え、なんとか、自粛しつつ収束を願う!
まさしく国難、全世界が見えない敵と闘っている。
そんな状況の中、イベント業界の仲間たちも、知恵を出し合っている。
人を集めることがミッションであるはずのイベントだけれども、
人を集めてはいけない現実、ならば人を集めないイベントができないか、アイデアを出し合っている。
必要は発明の母とばかりに、様々なアイデアが生まれている。
あとは、それをどのように収益モデルに精査していくか、、、、、
アフターコロナを考えるには、まだ早いのかもしれないけれども、確実に生活構造や仕事の仕組みは変わっていくと思われる。
今までのように、トップダウンで仕事が降りてくるのを待つのはなく、これからはボトムアップで、「ビジネスモデル」をこちらから提案していくことが必要であろう、と思われる。
実に様々な業界で工夫やアイデアが散見される。
それをどのように、ビジネスモデルとして、収益をあげることができるか。
イベントの在りよう自体が変わっていくだろう。
全てデジタルのそれに様変わりするはずもなく、
そこをどのように訴求していくか・・・・
とにかく、今は、事業継続!
今まで頑張ってきたノウハウを積んだ仲間たちが再び活躍できる場が戻るまで、耐える!耐える!耐える!
写真は、
宇治市在住の、武人画家
こうじょう雅之 さん作(宇治市観光大使)の、
不動明王(五大明王筆頭)
疫病退散の守護神
不動智(動かずの誠の智恵)
「絵描きの自分に出来る事は絵を描く事くらい。余りにも無力と痛感。せめての活動。
携帯待受用として待受用御守りを。何かのご利益がある訳では無いが自由にご活躍頂きたい。」
この絵が元気を与えてくれる!
芸術や音楽や文化が人間の生きる力になるはず・・・・そこまで、気張ろう!!!!