弊社から15分もいけば大阪城公園に着く。

運動不足解消のため、僕は、時折散歩に出か

ける。新型コロナウイルス禍のここ3年間は、

インバウンドも途絶え、本当に、閑古鳥が鳴

く状態だったが、やっと最近は人出も戻って

きた。そして、何よりも嬉しいのは、そこで、

遠足や修学旅行の小学生の笑顔が見れること。

学校行事で思い出すのは、僕が小学6年生

(1975年)の修学旅行。その頃は大阪か

ら鳥羽・伊勢方面、2泊3日が定番だった。

当時は生徒も多くて、8クラス約400名の大

所帯、バスは1台に約50名、電車は全車両貸

切で、修学旅行専用列車だった。

何より楽しみだったのが、「行く前の準備」

決められた値段の中で、どんなおやつをチョ

イスするかや、グループ分けで気になってい

た女の子と一緒になれるかどうかなど、それ

だけで、ワクワクしていたことを思い出す。

そして、とりわけクラスで盛りあがったの

が、バスの中で一緒に歌うための「歌集」づ

くり。童謡唱歌だけではなく、当時の流行歌

を選んで、わら半紙に印刷して、みんなで一

緒に歌うために作った。歌はデータなどでは

なく、カセットテープで再生して流していた

ので、歌1曲流すだけでも、ちゃんと用意が

必要だったし、準備が大切だった。クラス独

自の歌集を作るのに、どんな曲を入れるか、

みんなで話し合いをしながら決めた。

「なごり雪」「22歳の別れ」「岬めぐり」

「翼をください」「学生街の喫茶店」「『い

ちご白書』をもう一度」など、今も歌い継が

れている名曲ばかり。

そんな中、担任のS先生が「入れて欲しい曲

があるんだけど・・・」と言って選んだ曲が、

チューリップの「心の旅」。当時この曲を知

っている生徒の方が少なかった気がするが、

先生のたってのお願いなので、賛成多数で歌

集に入れた。S先生が、バスの中で自ら歌っ

て聴かせてくれた。いい曲だったが、小学6

年生の僕たちにその意味がわかったかどうか

は覚えていない。もちろん、その他の流行っ

ていた曲の歌詞も同様に理解できていなかっ

ただろう。それでも、素敵な曲は心に響くも

ので、みんなで歌ったのを覚えている。

 

今でも「歌集」に入っていたメロディーを

聞くたびに、修学旅行でのバスの中の光景や、

当時気になっていた女の子の仕草を思いだす。

そして「心の旅」を聞くとS先生を思いだす。

その時の先生の年齢は定かではないけれども、

20代半ばくらいだったように思う。そう考

えると、S先生にとって「心の旅」はどんな

心情で歌っていたのだろうと、想像してみる。

流れゆく月日とともに、思い出は薄れてい

くけれども、メロディーが流れると、心の奥

底に眠っている光景が映像となって動きだす。

歌と共に思い出は生きていることを実感する

のだ。

 

大阪城公園の小学生の笑顔を見ながら、今

の子供達に遠足や修学旅行の「歌集」ってあ

るんだろうか、と考えてみる。彼らの3年間

は、大人のそれとはまた違う歳月だったので

はないか、思い出をたくさん作る日々にマス

クで過ごさざるを得ない、友達の素顔も見る

ことができない、一緒に歌を唄うこともでき

ないことなどを考えると、やはり少し複雑な

気持ちになる。

〈今から、楽しい思い出をいっぱい作れよ!〉

心の中でエールを送る。

スマホで持ち運びできる時代に、友達と一

緒に聞く歌の存在はどうなんだろう。便利な

時代ではあるけれども、個々の思い出よりも

友人と一緒に歌った曲を思い出として残して

欲しい。

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